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また、会衆(協会)として虐待を推奨していますか。

誹謗中傷では無く、事実を教えてください。

A 回答 (80件中1~10件)

「ムチ」を常習的に行っている親は現在では非常に少ないというのが事実です。



1990年代より以前は「子供の訓練にムチは絶対必要」という姿勢を崩さなかった親たちが多くいたようです。
現在そのような主張をすると 子どもたちを犬以下の存在 とみなしていることになります。

*** 目04 9/8 24ページ 犬を訓練するには ***
たたく,けるなどの体罰は必要ではありません。前述の訓練士のマルコスは,「鋭い声で『だめ』と言うだけで,犬は自分の行動がよく思われていないことを理解します」と述べ,こう付け加えています。「犬は賢いので,ほめられているのか,叱られているのか,じゅうぶん分かります」。

★エホバの証人向けの記事を公開中★
http://www.jwstudy.com
エホバの証人研究

参考URL:http://www.jwstudy.com
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どこで聞いたのかわかりませんが


そのようなことは一切ありません
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私の意見だけを信じろ!とは言いませんが、事実をお書きします。



お願いですから、

ご一読を、よろしくお願いいたします。


まず私自身はエホバとは関わりはありません。

が、嫁がいわゆる、2世と呼ばれ、簡略化して言えば、
過去虐げられ生きてきました。
(そのほかにも複数の2世事情を調べたり、実際に聞いていますが酷い模様です)

恐らく、既に80件近い回答があり、
中には現役の証人の方もいらっしゃいますが、
その方々には理解のすることの出来ない苦痛を、2世は味わっています。

嫁の家は5人兄弟です。
2世として厳しい躾(何かあれば懲らしめをベルト等でしてきたり、奉仕等)をし、
結果的に5人全員が精神的な病気に。
特に女の子の2人は、障害者認定され、自律神経もやられ、散々です。

これを、どう思われますか?

聖書に書いてあるとおり、
エホバで習うとおりに、子供を懲らしめ教育した結果です。

が、あろうことに親はこういいます。

「宗教は関係ない」

失笑です。

基本的に、エホバに従順な親(1世)は、問題を宗教とは結び付けません。
そうして、考えることが根本的に無理なのです。

和解も、不可能なのです。

1+1が2であるように、エホバは善だと、そう感じているのです。

これは、通常の人間からしてみれば、「??」ですが、
エホバという宗教は、彼らからしてみれば「絶対」であり、
躾も懲らしめも正しいこと、絶対的な善だと、コントロールされているのです。


「コントロール」と 言われると、恐らく信者の方々は腹を立てて憤慨するでしょう。
もはや、話し合いの余地が無いのです。


子供にとっての1時間2時間って、大変長い時間ですね。
学校の勉強だけじゃなく、宗教の勉強もしなければ、ベルトでずっと叩かれます。


虐待を推奨してはいませんが、
やっていることは、「多くの場合」が、虐待であり、
2世の育成に関しては、失敗が多いように感じています。


2世問題は山積みですが、
宗教は悪くないと、親は言います。


子供にとって、誕生日もクリスマスも、楽しみの一つです。
それすら、禁じられるのです。国家も歌えない。
特に小さな子供が、虐めにあう原因は、この点です。

楽しい生活を、子供が送れないのです。


でもそれすら、親(1世)は、分かろうとしません、分かりません。
自分が大人になって自ら宗教に入ったことを忘れているのです。

他人に強制できるはずがないのです。

自分以外、と言う点では、子供も他人です。


何があっても家族を助ける宗教ですが、
宗教から身を救って欲しいのが、2世です。





「(100歩譲って)エホバに合う人、合わない人、


それがいるです。○○(嫁)には、合わなかったんですよ。」


この言葉を理解できないようです。
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私は18歳の高校生で、母親がエホバの証人ですが虐待など全く無縁でした。


しつけ程度で怒られることはありましたが、それは私が人を傷つけてしまったりしたからでした。

聖書の中でも[他の人を自分のように愛すように]や[自分にしてほしいことを他の人にするように]という聖句があり、それらは原則の一つでもあります。
よく世間では、[自分にしてほしくないことは他人にもしない]というのを、よく耳にしませんか?
しかし、聖書では自分にしてほしいことを他人にすると、これは世間で言われていることの一歩先を行く言葉ではないでしょうか?


話がそれましたが、
そんな精神のある方々が虐待など考えられません。

中学の時にイジメに合った私に、何人ものエホバの証人の兄弟姉妹が家まで来て話を聞いてくれたり、気晴らしにと遊びに誘ってくださったこともあります。

集会で自分の意見を、手を挙げて注解すれば、集会後にたくさんの人が笑顔でお礼を言いに来てくださります。


輸血の問題でよく虐待だと言われますが、子供に輸血をさせないのではなく輸血をさせたくないのです。
それも理由がなくそうしているのではありません。
当然自分がお腹を痛めて産んだ子ですから、助けたいのは切実です。エホバ証人だって同じ人間ですから。



話が長くなりましたが、根拠もない噂から話が発展されていたので訂正いたします。
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物心ついたときから小6くらいまで母親から何かあるとすぐベルトで叩かれてました。

今は足を洗ったようですが、エホバの証人から影響を受けていたそうです。15年くらい前のことですけど今でも恨んでますね。
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10年程信者でした



当時の交際男性が研究生で私自身人間の進化論に疑問を抱いていた時期に

男性から信者にならないか?と誘いがあり集会に出向きました。
小綺麗な服をワザワザ買い、身なりをキレイにし
髪も黒髪に染め直し、

そこまでしなければいけない宗教なのか!!と当時は重く受け止め真面目に10年通いました。

協会の教えでは
処女と童貞でなければ
結婚出来ないと言われ
あいにく処女でしたので
男性両親には喜ばれましたが
妊娠中に男性から暴力を受け、仕事はしない、出産しても変わらず 子供にまで 手を上げ、離婚を考えましたが、話し合えずに棄却され、2人目妊娠中に上の子供を男性両親に預けていたら、革ベルトで3歳前の子供の太ももを大人のイライラで何度か叩かれていました。


その後私から一方的に逃げる形で離婚成立しましたが
逃げた先にもエホバの証人の勧誘が来ます。

ハッキリ申しますと、
ウザイ しつこい カルト!
しか考えられません。

聖書には

女性をガラスの器の様に 扱いなさい。
と言う様な部分がありますが10年間1度もガラスの様に扱われてません。


証人たちはマインドコントロールされているだけなのを気づかないだけで、
カルトと変わらないと私は感じ受け止めました。



今でも虐待ありますよ!
聖書を学ぶ限り消えません。
革ベルトでお尻を叩くよう教えられますが、愛も糞もないと思います。

愛を表現するならば、
革ベルトゃモノを使わずに怒ったり出来ます、

愛を持ち革ベルトで叩くと言うのは、本末転倒です。
愛がないから革ベルトで
叩くんです。


愛情が歪み、社会と関わらない人間に人間味があるとは思いません。
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子供の手術の時に、親が輸血を拒否するのは虐待です。

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偶然この質問を目にし、数例の回答を読みましたが、あまりに事実とはかけ離れているのに驚き、コメントさせていただきます。


幾人かの回答者の方の経験が事実に基づくものである場合は、あまりにもひどく、許されないことだと感じました。
しかし、組織として虐待を推奨することなど、あるはずはありません。
子どものころから、20年ほど集まりに出席していますが、JWでは聖書に基づき愛をもって子どもを育てるように教えられており、幼少期に何度もおしりを叩かれたことはありますが、顔などはもちろん一度も叩かれたことはありませんし、おしりを叩く場合も、怒りにまかせて叱るのは、子どもを教えるという本来の意味から逸脱しているので、決してしてはいけないことである、と集会でも何度も教えられてきました。
事実として回答で触れられていたようなことが起きたのであれば、一部の人々の個人的な問題だと思います。しかし、私はそのような話は一度も子ども時代に聞いたこともなく、今までの20年間一度もそのような話を聞いたこともありません。
現に、無駄に子どもを痛めつけるようなことがおこなれているのであれば、犯罪であり、またもちろんJWのメンバーであることができなくなるほど考えられない問題であると思います。

回答としては、聖書の(確か。。)箴言の書に「自分の子にむち棒を控えるものはその子を憎んでいるのである」という言葉があり、必要な場合に躾としておしりをたたいたりすることもできるが、それは、無駄に体罰を与える事を推奨しているのではなく、優しく話すだけで理解できるような性質の子には、話し合いをしたり、一人でなぜ自分が叱られたのか考える時間を持たせる教え方をするように現在も集会や雑誌で教えられています。

時間がなく急いで入力したため、乱文ご容赦下さい。
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現在、38歳。

隠れエホバの証人のような状態。伝道者としての在籍は在るけれども、会衆で私を知るのは数名のみ。1970年代から、エホバの証人としての人生を送って、今は廃人のような状態。自分が懲らしめを受けた記憶は残っているが、思い出そうとすると意識を失いそうになる。自分が懲らしめを受けた記憶と王国会館内で他の子供が受けた懲らしめ。いずれの記憶を思い出そうとするとしても。精神科絡みの諸病と付き合いながら、隠れエホバの証人を続ける毎日。この毎日が終わる日を待ち続けて、忍び難きを忍びつつの毎日。死のうとは思わないけれど、過酷な毎日だなとは思う。でも、エホバの証人で在り続けることは変えないつもり。絶対に変えないつもり。エホバの証人としての人生を送ると決めたのは自分だから。親がどうだとかこうだとかは関係無い。親がエホバの証人で無くなったとしても、自分はエホバの証人で在り続けるつもり。死んだ犬のような自分だけれども、エホバという神と生きて行くつもり。ずっと、ずっと、ずっと…。

この質問の解答を読み進めると、ホントに心の澄んだ方達がエホバを捨てるに至ったと解る。自分の命と引き換えに、エホバを捨てた方達を救いたいな…。
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現在、22歳で15の時にエホバの証人を辞めましたが、物心ついた辺りから二世として育てられました。


結論から言うと、会衆として「虐待」を推奨しているわけではありません。
ただ………

私の両親は共にエホバの証人でしたが、私が6歳の時にある事が原因で離婚しました。私と妹は父に引き取られ、しばらくしてから同じ会衆の姉妹と再婚しました。連れ子が2人いたのですが、私が一番上という事もあって、その頃から特に厳しく育てられました。懲らしめの鞭は日常茶飯事で、父に包丁を突きつけられた事も一度や二度ではありませんでした。それに加えて、義母からの嫌がらせも受けていました。耐えられなくなった私は当時仲良くして頂いて文通していた姉妹(長老の奥様)に打ち明けました。その姉妹は、勝手に私が書いた手紙を義母に見せたんです。そして私に、「厳しくされるのは愛されてる証拠。エホバ神もあ~だこ~だ」などと説教し始めました。裏切られた気分でした。それからの日々はもっと酷くなり地獄で、私は母を頼り家を出ました。後で後悔したんですが、残った妹は、義母の仕打ちで一ヶ月入院したそうです。
祖父母が保護してくれたんですが、ひどい状況だったと言っていました。この時も義母や父に対して何らかの罰があるどころか、逆に私達が悪者になっていました。

父や義母に対する怒りは勿論ですが、会衆の兄弟や姉妹達にも憤りをおぼえました。
虐待を推奨はしないかもしれませんが、各家庭の躾には一切感知せず、何らかの訴えがあって
も子どもの言う事などは聞き入れてもらえないのが現実です。
行き過ぎがあればエホバ神が止めるだろうと思ってるんじゃないでしょうか。

よく「サタンに惑わされている。悪魔に取り憑かれている」などと言いますが、悪魔に取り憑かれているのは貴方達では?と思う程でした。


辞めてから年月が経った今でも悪夢にうなされます。


私の家庭は特に悪い例かもしれませんが…。
長々と失礼しました。
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